HOME >> ユーザースタイル >> 伊藤 俊也監督 インタビュー

日本映画監督協会70周年記念イベントの柱として製作された映画『映画監督って何だ!』が完成し、このほど2月26日に完成披露試写会が行われます。 今回は、そんな完成間近、仕上げ真っ最中というお忙しい中、監督の伊藤俊也様から貴重なお話を伺うことが出来ました。 約一時間にわたるインタビューの中で、今回初めてDVXを使って作品をお撮りになったきっかけや、その効果、そして、若い監督達へ、また未来の監督達へ、現代日本映画界の巨匠からの熱いメッセージです。

インタビュアー/DU井手氏、山本真由さん

今回の作品を制作されるきっかけになった事はなんですか?

 

私は、この作品の中の最も大きな問題提起〈著作権〉というテーマにどのようせまって行けるのか?この映画でそれを問うてみたかったのです。

 まずは創立70周年の記念として何をやるかということが基点だったのだけれども、その基点の前に私自身、ある非常に映画好きの学者さんの書かれたものに触発されまして、その中に私的に気になったキーワードを見つけたのです。

 

それは、「映画に作者はいないんだ」という、それまでの、現行の映画著作権法の理屈を補強するような、ひとつの観点というか論点というか、つまりそれを読んだときに、これまで、現場で映画を作る、という立場でずっとやって来た私としては、その文が映画好きの学者さんという、映画作りの外からの視点で書かれたということが、私にとっては放っておけないという気持ちになりまして。その反論文を書く気になったんです。


伊藤 俊也監督

 それでそれを監督協会の機関誌である「映画監督」っていう月刊誌と、それからホームページに書く機会というのが、この一年か一年半くらい前にあったんですね。

 

それが、ひとつの前提というか、前触れという感じであって、私の中のモチーフとしてとしてはひとつあったと思うんです。

 

それで、いろんな過程を経る事が出来まして、少数ながらも極めて優秀なスタッフに恵まれ、本も最終的には私が出したもので行こう、ということになり、今回の製作にふみきる事になった訳です。

1998年に製作された『プライド 運命の瞬間』など、数々の大作をこれまでフィルムをベースにお撮りになっていますが、今回の作品はDVXという、いわゆるDVカメラを使って制作された訳ですが、それまでの制作体制(現場)と比べて、どのような、メリット、デメリットがありましたか?

 

フィルムじゃないと、どこかで機械操作をしているうちに、何かすっとんだり、元に戻ったりっていう危うさというか、、映像一つとっても何かフィルムの方が落ち着いて、という感じが依然として残っているわけで。

 自分自身の感覚としては否応なしにあるわけですけれども、逆の面でいうと、きわめて機動的ですし、いざとなったら電車やバスに乗ってでもカメラが手持ちで現地へ運ばれてしまうという簡便さには驚きました。あと、これは時間的なスピードアップが圧倒的である、という事。

 つまり、限られた時間と空間の、色んなセッティングを行わなくてはならない現場において、自在なその機動性と、たいそうな仕掛け無しでも演出の邪魔にならずにつくれるという、これは非常に魅力を感じましたね。


 そして今回はカメラをたくさん使わせていただいたということもありましてね、、

 

私はやはり本当の意味の1カメラ主義なんだということを、今回撮影監督をつとめて頂いたJSCの長田さんも当然認めながらも、二人ともやっぱり今回は俳優がプロの俳優じゃなくて監督に俳優をやらせるわけですから、やっぱり台詞がどこまでちゃんと入るかっていうことも心配としてありまして。

 そういう意味では私の持論としての1カメラというんじゃなくて、補強としてのというあまり積極的な意味じゃないんですけれども、そういう意味で、まずは(複数のカメラが)いてくれると安心というところが、気持ちとしては出発点だったんです。

 

 でもやっぱり2カメラ3カメラのいいところっていうのは、これまでにも2カメラでやったこともありますし、、立ち回りなんか撮ったときのなめらかさというものは当然知っておりますし。

 ただ私はアクション・シーンはとばしてスムーズなつなぎを逆に拒否することで、見出すというようなこともあっての1カメラ主義ということを言っていましたけれど。

 最初の動機は悪しき動機だったかもしれないけれども、つないでみて非常に2カメラ3カメラの良さみたいなものを把握しましたので、今回は色んな意味で自分にとっては、ふんだんなメリットがあったんではないかと結論づけてます。


最後にこれからの若い制作者、或は未来の監督を目指 している若者に向けてのメッセージをお願い致します。

 できるだけ早く、ある種「それが自分の作品世界」みたいなものを、それはもちろん、模索から始まっていいと思うんですけれども、少なくともそれが10年後、あるいは20年後30年後には何かこう、振り返ればそれが一つの積み重ねとして、自分が生涯かけるモチーフに結びつくような、「何か」をできるだけ早めに発見し、なるたけそういう作業の積み重ねっていうのを肝に銘じていってほしいな、と思います。

 そういうものっていうのは、ある意味で日常的な作業の中で、はたと気付いたり、日常の中で自分にとって欠落しているものをあらためて見出すことがありますけれども、そうとう強く意識していたり、あるいは何かで感じ取った、日常で感じとったものを確認して自分で育てていかないと、わりと接近はしながらも、逃してしまう機会っていうのが多いかなという気がするんです。

 だからそれを逃さないような訓練っていうか、鍛錬っていうか、それが今の若い「映像によって仕事をしようとしている」、「映像によって自分の世界を見つけようとしている人達」に共通する課題だと思うんです。

 うまく言えない部分もありますが、非日常を描く我々としては、それを出来る限り、日常の中に問題意識として落とし込んで行って、いかにそれが作品として世に問えるものになり得るか? それを考え続けて欲しい。 そうする事が、私は早く自分のオリジナル(世界観)を構築できる実は一番の早道なのではないのかな?と思うのです。

お忙しい中、ありがとうございました!

 なお、このインタビューの中に出ました作品『映画監督って何だ!』は来月池袋・新文芸坐での「映画監督が愛した監督―日本映画監督協会70年の70本+1」という企画(2006年3月4日〜3月24日)の最終日3月24日に上映されます。

日本映画監督協会HP >> http://www.dgj.or.jp/
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